計画停電とあかり

この度の東日本大震災により、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また被災された皆様、ご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧と復興を心よりお祈り申し上げます。

 

計画停電が行われました。初めての経験です。日中の停電には大した準備もしないですみますが、夜の停電には「暗い」という絶対的な条件が加わります。昼間より遥かに緊張する3時間を迎えます。

 

■ 一回目の停電 (15:20~19:00の時間帯)

まだ明るいうちから停電は始まり、だんだんと窓から見える外の景色が青く暗くなってゆきます。普段は早めにシャッターを下ろしますが、開けたままでいると外の空の明るさでだいぶ過ごせることに気付きました。戸外で夕暮れから夜の移り変わりを過ごすことはあっても、屋内であかりをつけずにその時間を過ごすのは初めてのこと。繊細に連続した青さと暗さのグラデーションを感じました。

「夜の帳(とばり)が下りる」という文語表現がありますが、実際にはそんな境界はありません。夜の帳は下りないのだ!と、一人マニアックな発見に興奮。(まだこの頃は余裕がありました。)

 

そろそろ完全に暗くなったと言えるかな、という頃、両膝からちびっこたちが離れない状況です。子供たちと予行練習したときには、壁スイッチのホタルや電話など電化製品の待機ランプが灯っていました。実際の停電ではそれらが消え、本当に暗い。その0.04W程度のLEDのホタルが結構明るかったのだと思い知らされます。

 

2011_04_teiden01.jpgそしてもう一つ予行と違うのは、音が消えることです。冷蔵庫などもストップするとこんなにも静かなのかと驚きました。信号も止まるので出歩く人も少ないのでしょう。街の音もとても静かです。静か、というより音がありません。そして遠くから聞こえてくる救急車のサイレン音が不安な気持ちを一層あおります。

光と音の無さが一体となって、心に直接的に不安と恐怖感を訴えます。プロとして暗さを楽しもう!とも思いましたが子供たちのケアで手一杯、とても無理でした。でもとりあえず・・・と照度を計ってみたところ、懐中電灯で照らしたみんなで集まるダイニングテーブルの上、48ルクス。

(右:ダイニングテーブル廻りの様子) 

 

  

 

 

 

 

■ 二回目の停電 (18:20~22:00の時間帯)

今度は一番ツライ時間帯です。夜ご飯を食べて、お風呂に入れて寝かせるコアの時間帯。前回と違い徐々に暗くなってゆくのではなく、夜の時間帯に突然暗くなります。しかし前回で少し様子も分かったので、落ち着いて停電のスタートを待ちます。

 

今回はキャンドルの位置を変えました。リビングの突き当たり、部屋のコーナー2ヶ所にキャンドルを1台ずつ置きます。もし余震がきても倒れないよう、低いグラスにティーキャンドルを入れました。グラスの周りにはトレペを巻いて簡易フロスト加工。こうすることで見た目の明るさ(輝度)とやわらかな拡散光にもなります。

背後の白い壁面があかりを受けて、いつもの部屋の輪郭がぼんやりとながら見えるようになりました。少し安心したのか、前回は終始離れなかったちびっこたちも少し部屋内をうろうろするように。

(下:リビングの様子。手元の懐中電灯で照らして撮影し、画像補正して分かりやすくしてます。実際は本当に微かなあかりです。)

 2011_04_teiden02.jpg 

 

 

2011_04_teiden03.jpgダイニングテーブルの上には懐中電灯1台をひもで吊り、テーブル上には白い布を。(テーブルクロスなど普段使っていないので、シーツで代用。)

床や家具などダークカラーが多いので、白っぽいものを置くだけで随分印象が明るくなります。ラジオを置いて、そこにもキャンドルを1台。これは青いグラスのキャンドルなので暗く、明かりをとるためというよりも、ラジオやごはんが置かれているという場の中心性の演出です。

(右:手元の懐中電灯で照らして撮影したダイニングテーブル廻りの様子)

 

 

 

 

 

 

 

2011_04_teiden04.jpg長男がトイレに行く!とLEDヘッドランプを嬉しそうにつけて向かいましたが、その後トイレからパニックで呼ぶ声が。LEDランプがふわーっと消えかけたようです。しかも自分の頭に取り付けているので、照らした先は明るいけれど、自分の手元や周りは真っ暗なためとても怖い思いをしたようでした。

ランプを外させて上向きに置き、「こういうナロー配光は間接で使わないと・・・」と5歳児にアドバイス。

配光の狭い光は天井へ照射すれば間接照明になり、空間全体に柔らかな光がまわります。リビングでもそうでしたが、間接光であれば少しの光量でも空間の輪郭が分かり安心感へとつながるようです。

(左:トイレの様子、手洗いの上にLEDランプを上向きに置いています)

 

 

 

 

 

こうして初回に比べ遥かにこなれた停電の夜を過ごし、気づくとこうしてやっていることって、いつものデザインと同じことなのではと思いました。

色々な条件や制約があり、セキュリティやメンテナンスもケアしながら、そこをどう利用するのか、人の動線、心理、空間の繋がり、光源、素材、仕上、・・・・これほど限られた光量でも、より良く過ごせるあかりはデザインできるし、率直な子供たちの反応を見ているとそのあかりの力に勇気づけられる思いがしました。

 

ちなみに3回目の停電はDVD鑑賞会としました。ノートPCの画面輝度を少し押さえて眩しすぎないよう調整、PCの後ろにはキャンドルを2台置いて背後の白い壁面をぼんやり明るくし、画面との輝度差(コントラスト)を緩和します。これは機能としてだけでなく、雰囲気作りにも役立ちます。しかし予定よりも早々に停電が終了したので、途中からはテレビに移行しました。

 

・・・・・

以上、我家の地区では夜の停電は3回で終了となりました。『暗いのはツライ』と単純に実感することや、夜の時間の体感、あかりと子供たちの様子、・・・今回の震災後、あまりの事の大きさに心揺らぎ足元を見失う思いでいる中、計画停電などを通して一つ一つを感じてゆくことが、自分たちの職能を再確認する作業であったように思います。

街も様々な節電がなされています。今のこの特殊な事態を、照明を通してきちんと見つめようと思います。

 

(早川 亜紀)

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